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歌舞伎役者

市川右團治氏

ダンディとは、「こだわり」を楽しむことですかね。

歌舞伎役者
市川右團治氏

三代目猿之助さんに憧れて

市川右團治氏は、歌舞伎の血筋ではなく大阪の日本舞踊の家元の長男である。踊りはピカイチ。小学区二年生の時に出ていた舞踊劇で松竹のプロデューサーの目に留まり三代目市川猿之助さんの監査公園の時に子役を努めるようになった。 初舞台は8歳6ヶ月の時の『大岡政談・天一坊』。小さい時から芝居が好きで、三代目の『吉野山』を見て「なんてカッコいいんだとう。こんなカッコいい人が世の中にいるのか」と感動し歌舞伎の虜になった。 小学校6年生になる少し前に「有望だ」と猿之助さんに認められ部屋子(内弟子のようなもの)になり、そのあと上京。以来、ずっと猿之助さんのそばで修業を続け、現在、澤瀉屋(おもだかや)の主軸として若手をたばねている。 「多いときは年間8ヶ月ぐらいの舞台に出ていて、それ以外は稽古です。新作物ですと、終演後も夜な夜な稽古します。歌舞伎が人生のすべてですね。師匠の三代目市川猿之助はやすみを取らない方でしたが、今はお舞台をお休みになっていますので、わりと休みはあるんですよ。ただ、休むとかえって具合が悪くなったりしますよね(笑)」。 衣装は何10キロもあり、かつらも重い。それをつけての舞台上での動きはどれほど身体に負担をかけているのだろう。 「若いころはトレーニングをしていたんですが、今はトレーニングをするとオーバーワークになってしまうので、ストレッチをしたり、ウオーミングアップをしたりに抑えています」。 ずっと、三代目市川猿之助さんと共にいて分身として飛び回り、あるときは代わりに役を演じ、ある場面では意向を伝えてと走り続けてきた。 三代目の体調が悪くなった10年ほど前、猿之助という大きな傘の下に入っていた一門は、いきなり傘をとりあげられてしまったように感じたと言う。そこから一人ひとりが自分の傘をさし「個々が強くなって」、2012年、市川亀次郎さんが四代目猿之助襲名、三代目の息子香川照之さんが中車(ちゅうしゃ)に、お孫さんが団子(だんこ)になり「澤瀉屋の幹が太くなったような気がするんですよね。みんなが集結して、以前よりすごくたくましく、絆が深く、互いのことが思いあえる」と嬉しそうに語る。

名作は、そこに連れて行ってくれる

「芝居をやっていて思う事は、生き方を疑似体験できるんです。たとえば『ヤマトタケル』だったら、お父さんに認めて欲しくてあちこち征伐して日本を統一し、最期、お父さんに会いたいんだけれど命尽きてしまう。その後やっと認めてもらえる。その最後の場面で『何か途方もない大きなものを追い求めて私の心は常に天高く天翔けていた。その天翔ける心から私は数多くのことをした。天翔ける心、それがこの私だ』というセリフが宙乗りするんです。稽古をラストシーンからやったりすると、僕はそんな気持ちになったことがないから恥ずかしくて言えないんですよ。これが通しで演じると言える。崇高な魂になれるんです。名作っていうのは、そこに連れて行ってくれますよね」。色々なものを感じながら敏感に生きていたとい右近さん。歌舞伎のほかにも、ドラマやミュージカル、オペラの演出も手がけ、八面六臂のご活躍だ。 「50,60は役者としては鼻たれ小僧ですから、これからどのように熟していくのか。そういう意味で自分の芝居を充実させていかなくちゃならないし、同時に後輩たちに伝えていく大切さを今、感じています」。

猿翁一門の中で果たす役割

猿翁一門の中で果たす役割「おこがましいんですけれど、裏の段取りなどは僕がやらせていただいたお役に関しては、一門の若い人たちにお伝えできるというかご指導させていただく。また、団子さんの初舞台が、僕の初舞台とちょうど同じ歳ですので僕の歌舞伎人生をそのままお話しできます。それに自分の息子が5歳ですが歌舞伎を継いでくれるといいなと思っています。今までは、自分一代限りと思っていましたが、継いでくれる人間がいると思うとだいぶ変わりますね。師匠から教えていただいたことを、伝えていくことをこれから一生かけてしていくのが使命だと思っています。」 謙虚でまじめで誠実なお人柄が伝わってくる。 楽屋に入る前、身なりを気にしない歌舞伎役者が多いのだが、きちんとしていくのが「こだわり」という右近さん。髪を整え、眉を描いて、ちゃんとおしゃれをして楽屋入りしている。「お前は女子か!」と言われるほど買い物には迷うし時間がかかるという、ちょっぴりお茶目な部分もお持ちだ。

市川右團治(高嶋屋) 1965年大阪生まれ。
日本舞踊飛鳥流家元長男として生まれる。
8歳で京都南座で初舞台『大岡政談・天一坊』を踏み、
12歳で市川猿之助の部屋子になるため上京。
澤瀉屋一門の屋台骨の役目を果たしている。
1989年「松尾芸能新人賞」、大阪文化に貢献した人に贈られる
「咲くやこの花賞」を90年に受賞。
92年「歌舞伎座賞」、93年「市川右近の会」公演を開催。
94年「名古屋ペンクラブ年間賞」受賞、96年「眞山青果奨励賞」、
2004年「国立劇場優秀賞」受賞。
97年『ポッペアの戴冠』で初めてオペラを演出、
13年オペラ『夕鶴』を演出、絶賛される。歌舞伎のほか、
テレビドラマ、バラエティ、舞台、ミュージカルなどでも活躍中。

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