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PIERRE HERMÉ PARIS 創業者

ピエール・エルメ氏

真の新しさを作り出したい
それが最先端を歩み続ける原動力

フランス人パティシエであれば、まずはパリで自分の店を持つというのが、第一の目標である。しかし、ピエール・エルメ氏は常識や既存の価値観にとらわれることなく、1号店の地として東京を選んだ。それは紛れもなく非凡な才能の発露であり、そこからエルメ氏は着実に自らの世界を広げ、パティスリー界のあり様にも変革をもたらした。しかし、何も奇抜なことをしてきたわけではない。幼い頃から基礎をしっかりと習得し、その確かな技術と飽くなき探究心を持って新しいことに挑戦してきた。何よりも感動が大事と断言するエルメ氏が、オート・パティスリーの極意と世界を変える力の源について語る。

PIERRE HERMÉ PARIS 創業者
パティシエ ピエール・エルメ氏

日本での成功が世界進出の足がかりに

今でこそピエール・エルメ氏は世界で最も著名なパティシエとして揺るぎない地位を確立しているが、その始まりは日本だったと言っても過言ではない。1998年、東京・ホテルニューオータニでの「ピエール・エルメ・パリ」のオープンは最初こそ一部のスイーツ・フリークに熱狂的に迎えられたが、多くの日本人にとっては未知の世界であった。話は少し遡る。1994年、パリ「ラデュレ」のシェフパティシエであったエルメ氏は、アメリカのフードライターがその奇才ぶりに感嘆し「VOGUE」誌に“ペストリー界のピカソ”と評したことから注目を集めるようになった。このことについてエルメ氏は「その意図することはわからないが、自分に対する応援のようなものだと思う」と語っている。そして1997年、エルメ氏は東京・ホテルニューオータニで開催されたデザート・イベントに招かれ、それをきっかけに世界初の自身のブティックを同ホテルにオープン。パリでの開業準備はそれよりも前に始まっていたのだが、先に東京を選んだことは、業界にも衝撃をもたらした。フランス人であればパリでまず華々しくデビューを飾るのが当然という常識にとらわれない。エルメ氏が他者とは一線を画す、非常な才覚の持ち主であることはそんなところからも伺い知れる。

確かな技術に裏打ちされた感動の味

では、人々はなぜエルメ氏の世界に熱狂するのか。これまでにもフランス菓子のさまざまな名店が日本に進出しているが、それらとの違いは何なのか。「ひと言で言えば、エモーションでしょうか。お菓子を食べて、何かしらのリアクションが心の中で起きる。これは何だろう?と好奇心が沸き上がったり、心の奥底から喜びを感じたり。それは私自身が食べるときに意識していることであり、試作でも常にそこを意識し、そして、それ以外に重要な本質はないと思っています。もちろん、外見的な美しさも大切です。でも味に勝るものはない。デザインは後からついてくるものなのです。最近はSNSにインパクトのある写真を上げることが作り手の間でも当たり前になっていますが、私にはあまり意味がないのです」。実際のところ、エルメ氏のお菓子はもちろん美しいが、食べればその美しさを上回る感動が押し寄せてくる。それが人々の心を捉えて離さない理由であろう。エルメ氏はこうも語る。「製菓にはたくさんの技術習得が必要です。しかし、その技術に溺れてはいけない。技術は感動へ到達するための手段です。一つのお菓子を作り上げるには数多くの技術を注ぎ込みます。そして、その技術は決して表面に出さないようにする。食べる人は、技術を食べるのではないのです。私の仕事は、食べる人にそのお菓子だけが与えることができる喜びを作り上げることです。よく、世界の各地に展開していることについて、その国に合わせてお菓子も変えるのかと尋ねられますが、文化背景や人の好みはさまざまであっても、正しく技術を重ね、自分で味わって確信したものは、多くの人々の心に響くと思っています」。

パティスリーにおいて
重要なのは味覚の構築

エルメ氏の菓子の中でも最も有名なのはマカロン、そして、イスバハン。しかし、その成功に安穏とせず、年に二回の新作コレクションを通じて、パテスリー界に常に新風を送り込んでいる。
彼がトップであり続ける理由はそこにある。

一世を風靡したエルメ氏のお菓子は数多いが、中でもマカロンは最も有名と言えるだろう。アルザスのブーランジェリー・パティスリーの家に生まれたエルメ氏は、14歳で見習いとして入ったガストン・ルノートル氏の元でマカロンと出会った時のことをこう語る。「自分には甘すぎて美味しいとは思えませんでした。当時のマカロンはマカロンコックの間にほんの少しガナッシュやジャムやクリームを挟み込んだだけのもの。私は20年間、本当に美味しいマカロンはどうあるべきかを研究し続けました。そしてフィリングの大切さに辿り着いたのです。香り、テクスチャー、味わい、マカロンコックとのバランス。この小さなお菓子の中に大きな世界が潜んでいる。まさに化学の世界です」。フランス菓子は伝統を重んじる。職人はその伝統を忠実に守り、逸脱することなく継承していく。そんな因習を20世紀に打ち破ったのは師匠ルノートル氏だ。そしてさらにエルメ氏は次々と新しい試みを展開し続けている。もちろん伝統も大切だが、エルメ氏にとってパティスリーは新しさをも楽しんでもらうものだと言う。例えば、イスパハン(バラ・フランボワーズ・ライチ)、サティーヌ(クリームチーズ・オレンジ・パッションフルーツ)など、斬新な味の組み合わせを発表してきた。こうしたアプローチが多くの人に支持され、さらにそれが新たなコラボレーションに繋がることも少なくない。和菓子の老舗「とらや」でイスパハンの羊羹が限定で発売されたときには、瞬く間に完売した。それは単に目新しさを狙って作り出された味ではなく、綿密な計算と試作に裏付けられた完全無欠の新しい味であるからこそなし得た、当然の結果と言ってもいい。「味覚のアーキテクチャーという表現を私は使いますが、アーキテクチャーは建築というよりは、構築と考えています。味覚は単純なものではなく、重層的なものです。しかも立体的、かつ時系列的。ワインや香水を思い浮かべてみればわかるように、ファーストアタックの次に広がりや厚みを感じ、最後に余韻が残る。これらをいかに構築するかが重要なのです」。そこで必要になってくるのは、素材についての知識だ。エルメ氏の頭脳にはこれまでに蓄積した無数の素材の知識が記憶として保存されている。その中から幾つかの素材を取り出して組み合わせ、レシピに記す。そして実際に試作を行って最適解を導き出す。記憶と味覚によって編み出された限りなく官能的な解は、理屈ではなく人々の心を捉え、喜びをもたらすのである。それがエルメ氏のお菓子が比類ないと形容される最大の理由であろう。

好奇心と学びが 尽きせぬ創造を支える

98年に1号店をオープンして以来、20余年間、世界各地に店舗を展開。
日本には14店舗、海外は欧州、中東、アジア、アメリカ各地に計33店舗。
そしてアフリカではモロッコのホテル「ラ・マムーニア」のティーサロンも。

パティスリーの世界にエルメ氏がもたらした変革は数知れない。例えば、パティスリーはガストロノミーの重要な要素として位置付けられるべきだとし、「オート・パティスリー」(オート=高級な、パティスリー=菓子)という概念を明確に打ち出した。さらに、ファッションのように“新作コレクション”という発想をもたらしたのもエルメ氏である。世界進出のきっかけとなった1997年東京でのデザート・イベントでは「ラデュレ」の秋冬コレクションを発表した。「ピエール・エルメ・パリ」東京をオープンしてからも毎年、春夏そして秋冬の新作コレクションを発表している。柔らかく繊細なテクスチャーゆえに固形を保てないデザートをグラスの中で表現した「エモーション」、調香師のようにフレーバーを組み立ててさまざまな“庭園”を表したマカロンコレクション「ル・ジャルダン」、そのほかにファッションブランドとコラボレーションしたスペシャルなコレクションも多数手がけてきた。こうしたクリエイションには言わずもがな膨大なエネルギーを必要とする。しかし、エルメ氏はそれを全く苦とは感じていない。「インスピレーションを得るには特にこれといったものを必要とはしません。なぜなら、発想の芽は至るところに潜んでいるからです。会話や旅、時には会議中にも突然閃くことがある。何もないところからパッと浮かび上がることも。それは実は、常に考えているからこそ生まれるのです。考える種を挙げるとしたら好奇心です。私は常に毎日たくさんの素材を試食します。すごく良い感触を得ることもあれば悪い印象を残すものもある。どちらもとても重要で、たとえ悪い印象であっても、他の何かと組み合わせれば素晴らしい効果を発揮するかもしれない。だから、あらゆる機会を逃さず、新しい知識をために貪欲に素材の試食を重ねるのです」。好奇心が知識を引き寄せ、蓄積した知識はエルメ氏という人間の中で新しい構造を持ち、アウトプットされる。このアウトプットを支えるのは、三百人ものスタッフの中から選び出された3人のパティシエだ。ファッションにおけるデザイン画を起こすのがエルメ氏で、そのスケッチの中には詳細な仕様が指示されている。それを元に、3人のパティシエが試作を行う。スケッチにはすでに明確な形が示されているが、実現にはさまざまな微調整が必要だ。試作品の試食は必要であれば何度でも行う。頭の中に描いたアイディアが完全な形となってこの世に生まれることの面白さ。それゆえにエルメ氏は「働いていると感じたことは一度もない」と言う。

本物の贅沢とは、金額の多寡ではなく
心が喜ぶもの、そしてそれを分け合うこと。

クリエイターと経営者、二つを同時に生きる

天性のクリエイターであるエルメ氏は、同時に経営者でもある。フランスをはじめヨーロッパ、中東、アジア、アメリカ、アフリカに事業を展開、毎年新作を出し、新鮮なコンセプトで顧客を飽きさせない秘訣はどこにあるのだろうか。「新しいことを始めるには、まずアイディアありきなのはもちろんですが、そこからさらに世界の動きも重ね合わせて見なければなりません。政治経済の情勢はもちろんのこと、気候変動や自然災害も大きなファクターです。とはいえ、そこに焦点を合わせすぎても良くない。時代のニーズやマインドに応えるというのはクリエイターとしては“遅すぎる”行為です。マーケットインでもプロダクトアウトでもない、本当に新しいと思ってもらえるものを作ること。それが私に課された使命であり、クリエイターとしてそして経営者として歩み続ける原動力です」。経営の面では、もう一人、重要なパートナーがいる。フランス本社CEOを担うシャルル・ズナティ氏だ。エルメ氏との出会いは1991年、広告代理店のトップを務めていた時にこの非凡なる才能の虜となったという。類い稀なるクリエイティビティと、どんなに不可能と思われることも実現させる行動力。大きな可能性を感じたズナティ氏は1996年、エルメ氏とともに起業した。目標は「世界一のブランドを築くこと」。エルメ氏は外交的で旅が好きで、知識と体験を無尽蔵に吸収することで創造の力に燃料を投下する。ズナティ氏は得意なブランディング分野で会社を成長へと導く。こうして二人はそれぞれ互いに補完しながらこれまでになかったオート・パティスリーの殿堂を作り上げていったのである。

人と人とが繋がり、喜びを分かち合う未来に

創業して25年近く、その間世界はさまざまな事件に翻弄されてきた。同時多発テロ、リーマンショック、東日本大震災、そしてパンデミック。社会の情報化はますます進み、遠く離れた人とも瞬時に繋がることが可能になったが、同時に危うい世界との距離も縮まった。未来への期待よりも不安を叫ぶ声が日増しに強くなってもいる。こんな時代にあって、人々が心に安らぎと喜びを求めるのは至極当然であろう。「本当の贅沢とは何かを誰もが考える時代です。値段の多寡ではなく、真の贅沢とは何か。それは心が喜ぶものです。たった一つの小さなお菓子に、ほっと安らぐことができる。パティシエが精魂込めて作り出したお菓子の味わいの豊かさに感動し、それを家族や友人、周囲の人と分かち合う。それこそが今求められている贅沢だと思うのです」。東京・青山にある「ピエール・エルメ・パリ」の店内に一歩足を踏み入れると、彼の思うことが瞬時にして理解できる。1階はショップ、2階はデセールが味わえるフロアとなっているが、まず1階で目に飛び込んでくるのはクロワッサン、クグロフといったヴィエノワズリーだ。見目麗しいケーキや色とりどりのマカロンもさることながら、香ばしい焼き菓子が圧倒的な存在感を放っている。オート・パティスリーを展開しつつも、懐かしい伝統菓子にも同様に力を入れているのだ。何よりも“ 日常の”喜びをもっと身近に感じてほしいという思いが伝わってくる。一方、2階「Heaven」ではカウンターに座り、目の前でパティシエがデセールを作り上げるのを眺め、出来たての一皿を味わう。美味なる体験をその時、その場にいる人と共有すること。それは一瞬であっても、思い出は永遠に心の中に暖かい火を灯し続ける。これこそが今の時代に求められる、真のラグジュアリーの一つではないだろうか。エルメ氏はパティスリーの世界を変え、さらにパティシエという枠を超え、時代を俯瞰して人々の求めに応えようとする。お菓子という一見小さなものが持つ可能性をこれほどまでに広げた功績は計り知れない。

学び続けることが創造の原動力というエルメ氏。
リヨンで開催される「パティスリー世界大会」の審査員長を務め、審査部門を大胆に変更。
パティシエ達に広い見聞の必要性を気づかせる大きな変革となった。

1961年、フランス・アルザス地方の4代続くパティスリー・ブーランジェリーに生まれる。幼い頃よりパティシエになると決め、14 歳で「ルノートル」に見習いとして入店。その後各店での修業を経て26 歳で「フォション」のシェフパティシエに就任。1998 年、37歳で「ピエール・エルメ・パリ」第1 号店を東京・ホテルニューオータニにオープン。次いで2005 年に「ピエール・エルメ・パリ青山」をオープン。その後、百貨店各店に出店する他、フランス各地を始めヨーロッパ、中東、アジア、アメリカに展開。革新的で創造性に溢れた“オート・パティスリー”(高級菓子)を広く提供する。その独自のスタイルはパティスリー界に大きな影響をもたらし、2016 年には「世界ベストレストラン50 アカデミー」より「世界最優秀パティシエ」を受章。

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