深い森と静けさ。時折り聞こえる登山鉄道の線路音。
鄙びた味わいの箱根強羅を世界中から客人が訪れるリゾートにしたのは、旧宮家跡に生まれた和モダンの宿だった。
箱根の静寂が包み込む強羅のもてなしを求めて
東京の喧騒から離れ、風情ある温泉でゆっくり過ごしたい。そうふと思いついた時に向かうのは箱根強羅である。温泉町として昔から知られる箱根強羅の趣は他と違う、 奥ゆかしさと静謐を感じさせる。明治の終わり頃、政界経済界を引退した文化人、特に茶の湯に通じた数寄者が集い、侘び寂びの心を強羅の自然に見出した。「強羅花壇」はそんな数寄者の一人が避暑のための別荘を建てた事に始まる。第二次大戦後、温泉旅館に生まれ変わった。そしてさらに大きく様変わりした平成元年、和の意匠と洋のエッセンスを融合させた“ 和モダン ” な本館と離れが誕生した。伝統的な旅館の風情と現代的な機能性の両方を享受できる「強羅花壇」 ならではの心休まる滞在を楽しみたい。
山懐に抱かれて時を忘れる愉楽
何も考えず、ただひたすらに心を休め、
五感を開放して自然に身を委ねる。これこそが、
湯宿に逗留する歓びを真に味わう秘訣だ。
緑深い庭園を眺めながら、肌当たりの柔らかな湯に体を沈める。無色透明の湯は熱過ぎず温過ぎず、じんわりと体を芯から温めてくれる。強羅に滞在する楽しみの一つがこの温泉である。そもそも温泉旅館といえば大浴場が一般的だったが、外国人客のみならず、プライバシーを大切に思う者にとってはいささか居心地が悪い。そこで「強羅花壇」では、客室に露天風呂を備えつけたのである。今でこそこうしたスタイルは、ハイクラスの旅館ではスタンダードになったが、そのパイオニアと言えるのが「強羅花壇」なのだ。自室にあって好きな時に温泉を楽しめる上、さらに部屋によって、巨石をくりぬいた露天風呂、檜風呂、青森ヒバの内風呂、スチームサウナやジャグジーなど、さまざまに意匠の異なる風呂があるということからこだわりは並大抵ではない。これなら「宿から一歩も出ない」どころか、「部屋から一歩も出ない」ゲストもいるというのにも納得である。
【離れ貴賓室 -花香-】
離れは最上クラスの貴賓室。中でもこの部屋は、最高の静謐が約束されている。無垢の木をふんだ んに使った和の粋を堪能する本間12.5畳、次の間6畳、ツインベッドの寝室8.5畳。さらに広縁と宮 家が好んだ庭を眺められる。白眉は巨岩をくり抜いた露天風呂また、青森ヒバの内風呂とスチームサウナも付いている。強羅花壇で一度は宿泊いただきたいおすすめのお部屋だ。
【露天石風呂付貴賓室 -藤-】
1階の角に位置し、見事な庭を有する貴賓室。落ち着いた雰囲気の日本旅館らしい一室である。大きく取られた寝室の窓から見える庭はまるで絵画のよう。入り口より本間12畳、続いて寝室10畳はフローリングでツインの畳ベッド、そして前庭に石張りの露天風呂があり、その傍らにスチームサウナルームがある
【展望円形檜風呂付貴賓室 -山吹-】
4階の角、プライベートが守られながらも開放感ある貴賓室。入り口より手前が6畳、続く本間が8畳、その先の広縁が4畳の、純粋な和風旅館の設い。人気の秘密は、広々とした円形の檜風呂から緑滴る木々を眺められること。湯殿が障子壁で目隠しされているのも空間に柔らかな雰囲気をもたらす 。
【バルコニー付貴賓室】
最上階の5階の角は、何と言っても展望が素晴らしい。入り口より手前が6畳、続いて本間12.5畳、広縁3畳、そしてゆったりと寛げるソファが配されたバルコニーという造り。さらに、バルコニーと同じ外を眺める向きに檜風呂がある。窓を開け放てば、木々を渡る風が流れ込む至福のバスタイムが堪能できる。
【展望円形檜風呂付貴賓室 -牡丹-】
客室入り口より廊下を経て左側に入ると本間8畳、その左手にツインベッドを配した寝室6畳。本間の先には広縁が続き、庭園を眼下に望む。一方、廊下の右側にはバスルーム。広々とした贅沢な空間に据えられた円形檜風呂からの眺望は格別。何度でも湯に浸かりたいと思わせる絶妙な空間造りは流石の一言。
和の芸術の極み旬の懐石料理
季節の素材を目に美しく。味わい深く。
一皿の中に込められた自然の恵みは、
食べ進むごとに心に満ち、快楽の彼方と誘う。
心地よい湯とはいえ、湯呑みの後はやはり体がほんのりと 火照る。そんな時はシャンパンを手に、庭を渡る涼かぜに当たるといい。頭を空っぽにして木々を眺め、空を見上げる。夜の帳が少しずつ下り、深い藍色の中、月が乳白の光を称えて浮かんでいる。そうだ、強羅の月見も名物だった、などと思ううちに、夕食の時となる。
「強羅花壇」は伝統旅館のもてなしに習い、食事は客室で供されるのである。料理長がしたためた品書きを眺める。茶人が好んだ強羅の土地柄を写し、夕食は正統な懐石料理である。季節を感じさせる先付けに始まり、色とりどりの八寸、喉を潤す椀、鮮魚の造り、香ばしい焼き物、出汁を生かした炊き合わせ、洋で言えばメインの進肴、そして締めのご飯。 一品一品がそれに相応しい美しい器に盛られ、深い印象を残していく。食前酒の流れでシャンパンから始めたが、続きはワインにしようかそれとも日本酒か、と迷ってはたと気付く、日本の伝統の料理はどちらも合う、懐深い世界なのだと。
翌朝の朝食は、和食か洋食が選択可能だ。色とりどりのジャムやふわふわのオムレツが並ぶ洋食か、炊き立てのご飯に数々の小鉢や焼魚が揃う和食か、迷ってしまうだろう。朝が苦手なゲストは、部屋での朝食をスキップして、閑院宮の別荘を改装した「花壇」で懐石ブランチと趣向を変えてみるのも気分転換にいいだろう。
朝食も日本料理の基本に則り、少しずつ色々な味を楽しめる組み合わせ。
メインは焼き魚や玉子焼きといった温かい一品をリクエスト。
翌日の夕食は趣向を変えて、メインを和牛すき焼きに。前夜とは全く異なる、旬の素材を駆使した前菜の数々に感服するうちに、鍋支度が始まる。仲居さんの鮮やかな手さばきは眼福。しかし、そのうちにやはり自分こだわりの焼き方で、とつい鍋奉仕の地が出てしまう。これは、きっとこの宿が、気兼ねせず寛げるからこそ表出してしまった開放感故であろう。
美意識が息づく名建築の粋
この宿で最も象徴的とされるのが、柱廊である。ロビーの奥から始まる長さ120mに及ぶこのガラス張りの柱廊は、夏は窓を開け放し、自然の風が吹きわたる仕掛けに。薄墨色の床は瓦で、頻繁に磨かれているのだろう、柔らかな光を反射してどこか幻想的な雰囲気を醸している。
「強羅花壇」の魅力は、温泉、料理のみならず、パブリックスペースのデザイン性だ。温泉宿のイメージを覆し、現代的なホスピタリティを物語っている。
純日本的な門、前栽が美しい露地、着物姿のスタッフ、ここまでは実にクラシックな展開だ。しかし、エントランスから一歩進めば、目の前に広がるのは明るく開放的なロビー。欧米のホテルに親しんだゲストにとってはなくてはならない、これぞ格式あるホテルの証だ。古来、日本の伝統建築はいくつかの棟が渡り廊下で繋がる仕組みになっており、その廊下を通じ中庭を通ることで、暑さ寒さ、季節を感じ、渡った先で歌を詠み、花鳥風月に親しむ文化だった。それを現代的に解釈、ドラマチックに再現したのがこの柱廊なのだ。柱廊を歩いた先には月見台があるので、そこでひととき古の風流に想いを馳せてみてはいかがだろう。